ニュートリノの発見

前回まで数回に渡って「電子」と意識の相似性について見てきました。で、今回からは「ニュートリノ」との相似性を見ていきたいと思います。

 

ニュートリノは、電子と同様にこれ以上分割できない素粒子で、電子とある対称性を持つといわれていますが、ヌーソロジーの概念では、電子がΨ5の「位置の等化」、ニュートリノはΨ6の「位置の中和」といいます。

難しい話は一旦横に置いて、簡潔に言いますと、この概念は、意識空間における「自己と他者の関係」と、素粒子空間における「電子とニュートリノの関係」が等価であることを表しています。電子が自己だとすれば、ニュートリノが他者です。

ひとまずこの概念を前提に、話を進めていきます。

 

ニュートリノについて調べてみると、2002年に小柴昌俊氏が「ニュートリノ観測の成功」、2015年には小柴氏の門下生である梶田隆章氏が「ニュートリノ振動の発見」で共にノーベル物理学賞を受賞されています。

「ニュートリノ観測の成功」自体は1987年なので、ノーベル賞の受賞まで15年ほどかかったようですが、それでもニュートリノの観測からまだ35年ほどなので、未だ分からないことの多い素粒子のようです。

そのような中でも、電子とニュートリノが関係する現象の中に「β(ベータ)崩壊」というものがあります。詳しくは、「β⁻(マイナス)崩壊」と「β⁺(プラス)崩壊」というものがあり、特に記載がない限り、ここで「β崩壊」と言えば、「β⁻崩壊」のこととして見ていただけたらと思います。

 

さて、下図のとおり、原子は「原子核」と「電子」で構成され、さらに原子核は、プラスの電荷を持つ「陽子」と電荷を持たない「中性子」で構成されています。

そして、β崩壊とは「中性子が陽子に崩壊」する現象のことをいいます。

上図は、陽子2個、中性子2個の安定した状態ですが、たとえば陽子の数よりも明らかに中性子の数が多い場合、原子核が不安定になるので、その不安定さを解消するために、中性子が陽子に崩壊し全体として安定に向かおうとするのです。

これは、電子が安定に向かおうとするのと同じ原理ですね。

 

ちなみに、励起した電子が光を放出して基底状態に戻ろうとするように、原子核も何らかの理由で励起すると、安定のために光を放出します。その時に放出される光を「γ(ガンマ)線」といいます。

いわゆる「放射線」と呼ばれるもので、実は、β崩壊が起こると、原子核から放射線が放出されます。この放射線を「β(ベータ)線」といい、こいつの正体は「電子」だといいます。

そもそも、なぜ原子核から電子が飛び出してくるのか不思議でたまりませんが、もう一つ不思議な点は、もともとβ崩壊の発見当時は保存則を破っていたことです。

保存則とは、

物理的変化あるいは
化学的変化の前後で
物理量(あるいは物理量の結合)
の値が変わらない、という法則

引用:保存則 – Wikipedia

のことで、「保存則の破れ」とは、たとえば、財布の中に1000円があり900円の買物をすれば、当然100円が財布の中に残っているはずです。しかし実際には90円しか残っておらず、10円足りないようなものです。

もちろん現実的には10円を落としたとか理由があるでしょうが、このように買物という物理的変化の前後で10円という誤差が生じることを保存則の破れといいます。また、本来100円残っているはずが、110円残ったとしても、つまり理由も分からず増えていたとしても保存則の破れですね。

そして、このような保存則の破れが、β崩壊の前後でも生じました。β崩壊の前後にて、買物の前後で10円がどこかに消えたように、そこにあるべきエネルギーが消えてしまったのです。

そこでパウリという物理学者が、それは今の技術では観測できない未知の粒子がβ崩壊と共に原子核から飛び出しているからだという仮説を立てました。β崩壊でも保存則は破れていないとする主張です。その未知の粒子こそが「ニュートリノ」です。

この仮説は1930年頃のものなので、実に、60年近く経って、ようやく小柴氏らによりニュートリノは発見されたわけです。

長くなってしまったので、続きは次回とさせていただきますが、科学がニュートリノを発見したように、私たちの意識も、ニュートリノを発見する必要がやはりあります。ですから、その道筋を分かりやすく示して行けたらと思います。

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