【唯識のすすめ】世の中の真実を知る

唯識は、識(=心)の働きが非常に細かく分類されていて、その分用語も多いので、最初はとっつきにくいかも知れません。

しかし、自己観察を徹底し、世の中の根本原理のようなものが見え始めて来ると、その一つ一つの働きを細かく分類し、言語化してくれている唯識の叡智に驚かされると思います。

例えば、以前の記事で、私たちは現実で起きたことを五官を通じて感知し、その感知したものをその時の思いや感情を付加して無意識に貯蔵するという表現をしました。

この働きを唯識では「現行薫種子(げんぎょうくんしゅうじ)」と言います。現に行ったことを無意識であるアーラヤ識に種子(しゅうじ)として薫りづける、という意味です。

ここで「薫りづける」とは、たとえばタバコを吸うと吸った後でも服や部屋に匂いが残りますが、同様に現に行った後でもその時の思いや感情が薫りとして無意識に残るのです。楽しい思い出は喜びの薫りとして、怖い思い出は恐怖の薫りとして。

そして、この薫りは普段は無意識に隠れているのですが、何かの拍子に意識上に現れることがあります。

これを「種子生現行(しゅうじしょうげんぎょう)」と言います。言葉の通り種子が現行を生むということで、もし車の事故を目撃して恐怖がわいたとしたら、それはもともとその人の無意識の中に恐怖の種子(薫り)が植え付けられていたからになります。また、誰かに感謝の心が沸きその思いを行動に移したとしたら、それもまたその人の無意識の中に感謝の種子があったからですね。

他にも「種子生種子」というふうに種子が種子を生むという意味の言葉もあります。

このように唯識は、識の働きを細かく分類し、言語化してくれているので世の中の仕組み、ひいては宇宙の摂理を知りたい人にとって有意義な思想と言えます。

もちろん唯識の話す世界を言葉(用語)だけで捕らえて理解しようとすると、迷宮に入り込んでしまうかも知れません。

結局、唯識とは、一見バラバラに見える「点」が、実は「線」で繋がっており、さらにその線も、もっと大きな世界から見ると一つの「円」であったと悟ることを言います。

言葉だけで捕らえて理解するのは、「点=言葉」の話しにすぎず、点と点の繋がりが見えてこないと、完全に迷宮に迷い込むと言うわけです。

唯識は、世の中の仕組みを知りたい人におすすめの思想ですが、そのためにも点だけに囚われず、点と点を繋ぐ「線」を見極めていくことが大事になってきます。

そして、それらの線が実は一つの「円」であったと気づいたときに、世の中の真実が見えてきます。これがまさに『真実性(円成実性)』と言われる所以です。

元記事:【唯識のすすめ】世の中の真実を知る

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